2016年05月31日
青森単独旅
こんにちは。視覚障害者支援部てんとうむしの南です。
すっかり暑くなり、梅雨が近づいているなぁと感じる今日この頃です。
雨女の私は、梅雨のシーズンの歩行訓練は本当に気を使います。天気はいうことを聞いてくれないので、困りますね。
さて、佐賀県視覚障害者団体連合会の森会長よりブログを書いていただきました。ありがとうございます!
青森までお一人で出張されたレポートです。長文ですが、一気に読んでいただいた方がいいかと思い、切らずにそのままアップします。
どうぞご覧ください。
添付ここから
↓
↓
私は佐賀県視覚障害者団体連合会の代表をしています。
この5月20日から22日までは、上部団体である日本盲人会連合主催の「第69回全国盲人福祉大会」が青森で行われました。
各県の代表は、特別の事情がない限り参加します。
私も参加することにしましたが、利用している同行援護施設の従業者が都合が悪いとのことで、利用している同行してもらえなくなりました。
青森の同行援護事業所を使おうかと思っていましたが、どのような施設に当たるかわかりません。青森の知り合いに尋ねてみました。
すると、その方が青森での「全国視覚障害者外出支援連絡協議会(JBOS)の世話役をされていて、そちらを使うように勧められるのでそちらを利用することにしました。
また、その方からもいろいろとこまごまとお世話をしていただきました。
私は、20日14時からの会議に出席するように現地についていれば良いのですが、佐賀県江北町から出かけ、パックを使うとなると、佐賀を20日5時5分に出発しなければならなくなり、最寄駅からではアクセス不可能です。それで、19日から出発することにしました。
最寄駅→博多駅→福岡空港→羽田乗り換え→青森空港→バスで青森駅へ
この間はすべて1人です。
JRや地下鉄、航空会社のサポートをお願いしました。リレー形式で引き継がれるのでそれほど困りません。しかし、これまでなかったことですが、福岡市営地下鉄では駅員が少ないのでと空港の改札口から空港カウンターまでのサポートを断られ、航空会社に本人が連絡してくれと言われて戸惑いました。そう言いながらも地下鉄職員も連絡をつけようとしてくれたようで、それもクリアしました。
20日の午前中は世話役のオススメの「青森街てく」。

Aコース「風景コース」約2キロ、所要時間約2時間。青函連絡船と津軽海峡四季景色を訪ねて~潮の香り漂う港町青森~
10時出発。ポロシャツにジーンズ、スニーカー、帽子で出かけます。陽射しも弱く、風がやや強くて肌寒く感じます。16度くらいとか。お昼頃になると少し暖かくなってきました。佐賀の4月半くらいの気候かと思われます。その日の夜は薄いセーターを羽織ったりしました。
街てくのガイドさんは、視覚障害者の手引きも勉強されていて、細やかにいろいろのことを説明してくださいます。ガイドさんの思惑に反して、私は11時半から津軽三味線の生演奏が聴けると耳にしてコースを途中でやめてしまいました。それほど上手な人ではなかったけど、よかったですよ!午後は会議出席。夜はJBOSの手引きボランティアの方と和食を味わいました。
ホテルでは1人。エレベーターのボタンの近くには回数を表す点字表示も青森駅へ視覚障害者福祉会の方がしてくださっていて、1人で乗り降りできます。部屋はエレベーターの近くを取ってもらっていたのでそれほど困りませんでした。しかし、右に行くのか、左に行くのかは度々迷います。だから、部屋のノブに長崎の人からもらった「戦争放棄」の飾り紐を下げて目印にしました。
ホテルの朝食はバイキングでしたが、係りの方がとってくださり、持ってきてくださいます。1日目は和食、ご飯はあまり美味しくなかったですね。2日目は洋食。近くに座られた方が果物など不足しているものをついでに取ってきて下さいました。3日目は洋食と言ったけれど、混雑もしていて勘違いされたのか和食が来ましたが、大人しくいただきました。
ホテルでも会場でも、ボランティアや付き添ってこられている人、ロービジョンの人が気にかけてくださり、困ることはありませんでした。
また、知り合いと会うと「私は1人で来た!」と宣言するのです。みなさん、一様に驚かれて手助けしてくださいます。
朝食後エレベーターまで送ってくださった長く活動されている方の奥様は、少し腰が曲がられていました。ずいぶん苦労されてきたのだろうなぁと手引きを受けながら考えたりしました。その方は、「昔は5人も6人も数珠つなぎに全盲の人を連れて歩いていましたよ。今は車が多くなり、そんなことはできなくなりましたね」と。そのようにして全盲は連れて歩いてもらっていたのです。見てくれが悪いとか、不自由とかは感じていなかったのか・・・。手引きをしてくれる人が少なかったのでそうせざるをえなかった部分が大きいと思いますが・・・。
同行援護や手引きボランティアの養成が強まったのはそのような時代を経てのことなのです。
21日土曜日は青空で太陽が輝き、風も爽やかでまさに風薫る5月の爽やかさ。
最終日の22日(日)は23度くらいになるとのことで、12時半から街てくの別のコースを歩きました。やや暑く感じるけれど7部袖のTシャツに薄い上着も着用していてもそれほど暑くてたまらないということもありません。風はやはりひんやりとします。ガイドさんは半袖でした。
帰りも1人で帰途につきます。青森駅から空港までのバス移動や空港カウンターまでは、宮崎の都城のご夫妻がサポートしてくださいました。
青森空港で手続きをしていて、私は座席を通路側にとっていました。カウンターの人が「窓側に変えませんか?早く乗って遅く降りるので、他のお客さんが通られたりするので」と。私は「それはあなた方の都合でしょう。私は通路側にいないとCAの声かけやそろそろ飲み物が来るかもなどの様子がわからなくて困ります。」と敢然と拒否しました。それを見ていた宮崎の方は、私と並ぶ列を2人で取ってくださり、3人で並んで東京まで帰ってきました。
以上、青森旅行の単独歩行を中心に書いたレポートです。
すっかり暑くなり、梅雨が近づいているなぁと感じる今日この頃です。
雨女の私は、梅雨のシーズンの歩行訓練は本当に気を使います。天気はいうことを聞いてくれないので、困りますね。
さて、佐賀県視覚障害者団体連合会の森会長よりブログを書いていただきました。ありがとうございます!
青森までお一人で出張されたレポートです。長文ですが、一気に読んでいただいた方がいいかと思い、切らずにそのままアップします。
どうぞご覧ください。
添付ここから
↓
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私は佐賀県視覚障害者団体連合会の代表をしています。
この5月20日から22日までは、上部団体である日本盲人会連合主催の「第69回全国盲人福祉大会」が青森で行われました。
各県の代表は、特別の事情がない限り参加します。
私も参加することにしましたが、利用している同行援護施設の従業者が都合が悪いとのことで、利用している同行してもらえなくなりました。
青森の同行援護事業所を使おうかと思っていましたが、どのような施設に当たるかわかりません。青森の知り合いに尋ねてみました。
すると、その方が青森での「全国視覚障害者外出支援連絡協議会(JBOS)の世話役をされていて、そちらを使うように勧められるのでそちらを利用することにしました。
また、その方からもいろいろとこまごまとお世話をしていただきました。
私は、20日14時からの会議に出席するように現地についていれば良いのですが、佐賀県江北町から出かけ、パックを使うとなると、佐賀を20日5時5分に出発しなければならなくなり、最寄駅からではアクセス不可能です。それで、19日から出発することにしました。
最寄駅→博多駅→福岡空港→羽田乗り換え→青森空港→バスで青森駅へ
この間はすべて1人です。
JRや地下鉄、航空会社のサポートをお願いしました。リレー形式で引き継がれるのでそれほど困りません。しかし、これまでなかったことですが、福岡市営地下鉄では駅員が少ないのでと空港の改札口から空港カウンターまでのサポートを断られ、航空会社に本人が連絡してくれと言われて戸惑いました。そう言いながらも地下鉄職員も連絡をつけようとしてくれたようで、それもクリアしました。
20日の午前中は世話役のオススメの「青森街てく」。

Aコース「風景コース」約2キロ、所要時間約2時間。青函連絡船と津軽海峡四季景色を訪ねて~潮の香り漂う港町青森~
10時出発。ポロシャツにジーンズ、スニーカー、帽子で出かけます。陽射しも弱く、風がやや強くて肌寒く感じます。16度くらいとか。お昼頃になると少し暖かくなってきました。佐賀の4月半くらいの気候かと思われます。その日の夜は薄いセーターを羽織ったりしました。
街てくのガイドさんは、視覚障害者の手引きも勉強されていて、細やかにいろいろのことを説明してくださいます。ガイドさんの思惑に反して、私は11時半から津軽三味線の生演奏が聴けると耳にしてコースを途中でやめてしまいました。それほど上手な人ではなかったけど、よかったですよ!午後は会議出席。夜はJBOSの手引きボランティアの方と和食を味わいました。
ホテルでは1人。エレベーターのボタンの近くには回数を表す点字表示も青森駅へ視覚障害者福祉会の方がしてくださっていて、1人で乗り降りできます。部屋はエレベーターの近くを取ってもらっていたのでそれほど困りませんでした。しかし、右に行くのか、左に行くのかは度々迷います。だから、部屋のノブに長崎の人からもらった「戦争放棄」の飾り紐を下げて目印にしました。
ホテルの朝食はバイキングでしたが、係りの方がとってくださり、持ってきてくださいます。1日目は和食、ご飯はあまり美味しくなかったですね。2日目は洋食。近くに座られた方が果物など不足しているものをついでに取ってきて下さいました。3日目は洋食と言ったけれど、混雑もしていて勘違いされたのか和食が来ましたが、大人しくいただきました。
ホテルでも会場でも、ボランティアや付き添ってこられている人、ロービジョンの人が気にかけてくださり、困ることはありませんでした。
また、知り合いと会うと「私は1人で来た!」と宣言するのです。みなさん、一様に驚かれて手助けしてくださいます。
朝食後エレベーターまで送ってくださった長く活動されている方の奥様は、少し腰が曲がられていました。ずいぶん苦労されてきたのだろうなぁと手引きを受けながら考えたりしました。その方は、「昔は5人も6人も数珠つなぎに全盲の人を連れて歩いていましたよ。今は車が多くなり、そんなことはできなくなりましたね」と。そのようにして全盲は連れて歩いてもらっていたのです。見てくれが悪いとか、不自由とかは感じていなかったのか・・・。手引きをしてくれる人が少なかったのでそうせざるをえなかった部分が大きいと思いますが・・・。
同行援護や手引きボランティアの養成が強まったのはそのような時代を経てのことなのです。
21日土曜日は青空で太陽が輝き、風も爽やかでまさに風薫る5月の爽やかさ。
最終日の22日(日)は23度くらいになるとのことで、12時半から街てくの別のコースを歩きました。やや暑く感じるけれど7部袖のTシャツに薄い上着も着用していてもそれほど暑くてたまらないということもありません。風はやはりひんやりとします。ガイドさんは半袖でした。
帰りも1人で帰途につきます。青森駅から空港までのバス移動や空港カウンターまでは、宮崎の都城のご夫妻がサポートしてくださいました。
青森空港で手続きをしていて、私は座席を通路側にとっていました。カウンターの人が「窓側に変えませんか?早く乗って遅く降りるので、他のお客さんが通られたりするので」と。私は「それはあなた方の都合でしょう。私は通路側にいないとCAの声かけやそろそろ飲み物が来るかもなどの様子がわからなくて困ります。」と敢然と拒否しました。それを見ていた宮崎の方は、私と並ぶ列を2人で取ってくださり、3人で並んで東京まで帰ってきました。
以上、青森旅行の単独歩行を中心に書いたレポートです。
Posted by てんとうむし at 07:33│Comments(0)
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